辰野 しずかの紙工視点:
見落とされていた紙から見つけた、繊細なかたち
「紙工視点」第3回目のインタビューでは、参加作家がどのように今回のプロジェクトに取り組み、どんなプロセスで製品が生まれたかを聞きました。前回のインタビューでは、「工場泣かせ」な要素も入れたと話してくれた辰野さん。作る人と使う人、両方のことを対等に考えながら作り進める、彼女にとっての「紙工視点」とは?
紙工視点の試作品と辰野さん
―紙工視点の話を聞いたとき、最初どう思いましたか?
辰野しずか(以下、辰野) え、なんだろう…?って思いました(笑)
―たしかに、普通の仕事とは少し違うテーマかもしれません。
辰野 まず、紙工視点のコンセプトを理解するのに、少し時間がかかりました。これまでも福永紙工にはいろいろなプロジェクトがあったけれど、今回のは新しいことにチャレンジしたいという気持ちもありますよね。そういう意図を汲みとるとか、紙工視点がやろうとしていることとか、そんなことをディレクターの岡崎さんにも聞きながら、進めました。なんで全員女性なの?とも、質問したと思います。たまたま、と言われましたが(笑)
―取りかかる前にも、時間をかけるんですね。
辰野 私はデザインを始めるとき、最初にまず「軸」を設定します。相手の状態や目的をヒアリングしたり、工場や工房に行ったり、そういうプロセスを経て、じゃあどういう軸を作ろうかな?というのが、最初の作業です。紙工視点は最初、わからない要素が多すぎたので、この軸が作れなかったんです。紙製品っていうだけだと、何万通りもの可能性があるので。そのなかで、的確なところに狙いを定める必要があります。
―今回はどのような軸を作ったのでしょうか。
辰野 「身近にある紙製品を見直す」ことから始めました。芸術品などではなく、見落とされているものの方が、いいんだろうなと考えていました。そのときに目に止まったのが、緩衝材だったんです。すごく細い紙の集合体で、いろんな形に変わるし、ちっちゃくしたり大きくしたりもできるし、柔軟で、これすごくない?と思いました。今回のコンセプトがなければ、見直さなかったなと思います。
緩衝材がたまたま手元にあったのもラッキーでした、と辰野さん
―たしかに、不思議な質感ですね。
辰野 でも緩衝材はいろいろとすごいんですが、今はただパッケージに使われて、コストだけで比較されるような製品になってしまっている。それが、もったいないなと思って。同時に、軽さとか、柔軟さとか、壊れにくさとか、そういう根本的な紙の要素を使いたいと考えていたので、緩衝材に可能性を見出しました。せっかくなら、紙の新しい可能性を考えたいじゃないですか。
―緩衝材に可能性を見出して、どのように次のステップには進んだのでしょう?
辰野 最初の打ち合わせでは、緩衝材の、粘土みたいに変形するところとか、空気を含んでいるところとか、そういう話を共有しました。そのときに、緩衝材と一緒に持っていったのが、ドライフラワーのかすみ草です。緩衝材が可愛くなるとどうなるだろう?と考えていたとき、なんだかかすみ草っぽいなと思ったんです。美しさが加わることで、プロダクトとして可能性が広がるのではないか、というお話をしました。
白い緩衝材と、かすみ草の美しさがつながったといいます。
―そこから試作に移っていくんですね。
辰野 はい。福永紙工から提案してもらったのは「パチカ」という素材でした。熱を加えることで、紙の表面凹凸がついて、半透明の質感が出る紙なんです。これにいろいろなパターンを印刷して、機械で細くするという試作をしました。
「パチカ」で制作したサンプル
―そんな素材があるんですね!
辰野 試作を見たら、物体としてはすごく新しかったんです。でも触ってみるとわかるんですが、私がほしかった、まとわりつく、空気を含むような質感は得られなかった。他の方法を考えようと思ったのですが、その前にまず「プロジェクトの方向性を正すシート」を作って共有したんですよ。
―方向性を正すシート…?
辰野 パチカの試作を見せてもらったとき、面白いけど、なんか違うな…とは思ったんですが、打ち合わせ中には、話がまとまらなかったんです。そのままなんとなく、パチカを使った新しい試作に移りそうでした。でも、この共有状態のままプロジェクトを進めるのはよくないな、と思ったんです。そこで、私の頭の中を整理した資料を作って、それを共有しました。なぜ緩衝材に惹かれるのか、という条件や理由を全て書き出して、共感してもらおうと思ったんです。
メンバー全員と方向性を共有するために、辰野さんの想いを伝えるシートが制作されました。
―なぜそれを作りたいか、から共有するんですね。
辰野 そうですね。作り手が目的を理解しないままプロジェクトを進めるのは、あまりよくないので。その後、フラットな紙に凹凸を形状としてつけたものを切った方が、うまくいくのではないか?と思いつきました。それで、もっと薄い紙を切ってほしい、というお願いをしたんです。
―紙厚を変えずに、形状に変化をつけるアイデアが生まれたんですね。
辰野 パチカの試作で思うような効果が生まれなかった理由は、厚みもあるのですが、凹凸の部分でバキバキと折れてしまったからなんです。そのため、より薄い紙で、形状に凹凸をつけたほうがよいのではないかと、想像しました。そこで一気に、 AからKまで、バラバラの11種類の形状を送って、レーザーカッターで切ってもらうことにしました。レーザーカッターの技術は福永紙工の特徴の一つでもあるので、そこを探れたのもすごくよかったです。
制作したサンプル。さまざまな形状のからみあう紙ができました。
―できたときの反応はどうでした?
辰野 みんなで、「え、面白い!こんなの初めて見る!」って盛り上がりました。「これ気持ち悪いね」とか「愛しいね」とか、言い合って。そのなかには、最終製品の原型になっているものもあります。まとわりつく雰囲気や、見た目も満足いくものになりそうだったんですが、問題は、この「A’ B’ 」の方でした。
―これは、なんですか?
辰野 端材です。宮田さん※がわざわざ分けて持ってきてくれたんですが、パターンで切り抜くと、これだけの量のゴミが出てしまう、というのを教えてくれました。
※宮田さん:前回のインタビューでも登場した、福永紙工の構造設計士。実は、全作家のインタビューで名前が上がりました。
―使いたい部分と同じくらい、余分なものが出てしまうんですね。
辰野 そうなんです。ここから必要な部分を取り出すのも大変なので、次はここをクリアする必要がありました。結局、ネガとポジの両方を使える形状にすることで、切り抜いた全ての部分を使えるようにしたんです。他にも、レーザーカット加工にかかる時間の問題など、いろいろありました。製造にあまりに時間がかかると、製品の価格も上がってしまうので。
「948」は「クシャ」と読みます。切り取って、手のひらで丸めることで、自由な形を作ることができる、繊細なレース状の紙です。パッケージのまま飾れるようになっており、光に透かすと、模様が浮かび上がります。全部で3パータン。Photo © Gottingham
―ちなみに、最終的に色をつけた理由はありますか?
辰野 白も可愛いかったんですが、色を付けた方が、印刷も得意としている工場の力をふんだんに使えるかなと思ったからです。また同時に、最終製品が平面になると決まり、全部白じゃない方が、ぱっとみた瞬間に華やかで、違いがわかるので。逆にいえば、外注になりそうな仕様はあまり入れたくなかったんです。やっぱり、工場や工房と自分の関係は、常に意識していると思います。
―今回できた製品をご覧になった感想は?
辰野 あ、すごく好きです!プレゼントにも使うかもしれません。
「めっちゃ好きなのできたー!と思いました」と辰野さん。
―それは最高ですね。パッケージにもこだわりがありますか?
辰野 絵として置いておけるようにしたかったから、額縁のようにしました。「くしゃっ」としなくてもいいんだって、伝えるような見栄えです。背面にも紙を置かず、光を通し、両方から柄が見えるようになっています。私は、フラットな状態で所有したいかな。線の入ってる透過性が美しいので、飾りたいです。
「948」を含む、紙工視点プロジェクトでの、「視点」とプロセスが見られる展示は、国立新美術館地下一階、SFT GALLERYにて、2018年10月17日よりスタートです。みなさまのお越しをお待ちしております。
取材・構成:角尾 舞
【展示詳細】
[会期]2018年10月17日(水)―12月24日(月・祝)
営業時間:10:00―18:00(金曜、土曜祝日のみ20:00まで営業)※美術館営業時間に準ずる定休日:毎週火曜日(祝日または休日にあたる場合は営業し、翌日休み)
[場所]国立新美術館B1 スーベニアフロムトーキョー内 SFT GALLERY
〒108-8558 東京都港区六本木7-22-2 国立新美術館B1
TEL 03-6812-9933 FAX 03-5775-4670
https://www.souvenirfromtokyo.jp/gallery
[ギャラリートークイベント]
2018年10月26日(金)18:00―19:30
登壇:荒牧 悠、小玉 文、辰野しずか
進行:岡崎智弘 司会:角尾 舞
※事前申し込みは不要です。当日どなたでもご参加いただけます
※入場無料
※混雑の際はご案内を変更させていただく場合がございますので、ご了承のほどお願いいたします。