辰野 しずかの視点:
愛のあるものを作る
「紙工視点」インタビュー、第1回目は、プロジェクトに参加する、作家の視点そのものを掘り下げます。世界をどんな風に見ているのか?どういう考え方で、新しいアイデアを生んでいるのか?作家の個性を、凝縮してお伝えします。
中目黒駅前の蔦屋書店で会った辰野さん
辰野しずかさんは、プロダクトデザイナーです。工芸とのコラボレーションの仕事が、特によく知られています。日本全国を飛び回り、工房まで出向いて、職人さんたちとじっくり対話しながら作り上げるプロダクトは、これまで工芸に興味がなかった人たちも、ふと手に取りたくなる魅力があります。今回は、その人のことをより深く知るために、取材場所もそれぞれの方に選んでもらいました。辰野さんとは、中目黒駅前で待ち合わせです。
辰野さんが、ブランドの立ち上げからプロダクトデザインまで関わった「KORAI」(HULS)は、日本各地の工芸メーカーと共に制作。今年、インテリア ライフスタイル展で「Best Buyer’s Choice 2018」を受賞しました。Photo by Masaki Ogawa
―オフィスは中目黒なんですね。この街を選んだ理由はありますか?
辰野しずか(以下、辰野) 徒歩で通勤できるからですね(笑)人混みが嫌いで、通勤ラッシュにあたらないように、精一杯やっています。あとは、代官山の蔦屋書店が好きなんです。できてすぐに、自宅を引っ越してきました。今でもときどき「スタバ会」といって、夜に友だちと、代官山蔦屋書店内のスターバックスに集まっています。
-スタバ会!ちなみに、ほかにも「会」はあるんでしょうか。
辰野 茶道をやっているんですが、そこの友だちと一緒に「朝ごはん研究会」を立ち上げて、ここ数年、研究しています。いや、研究、ってほどのことでもないんですけど…。不定期で年に数回、気になるホテルやカフェに食べに行ったり、自分たちで作ったり。例えば「KINFOLK」をテーマにして、自分たちで調理して、BGMまで考えたメンバーもいました。
―なんだか意外です。…正直な話、わたし、辰野さんの第一印象って「自分にも他人にも厳しいタイプの人」だったんです。でも、実は全然違いますよね。
辰野 ああー、やっぱりそう見えるんだー(笑)!近寄りがたい、って中学生くらいから言われていて。雑誌のインタビューなんかでも、キリッ!とした印象で載っているみたいなんですが、実際に会った人からは「こんなにふにゃっとしているとは思わなかった」って、言われるんです。
意外とギャップのある辰野さん。
―ふにゃってしてるかな…でもほんとに、厳しすぎない人でよかったです…(笑)
辰野 末っ子ですから(笑)兄と姉がよく喋るので、家族といるときは、わりとぼんやりしていて、無口です。
―あ、末っ子なんですね。じゃあ喋るときは、仕事モードって感じなんでしょうか。
辰野 喋るのはきらいじゃないんですけど、オフモードのときはそこまで喋らないですね。
―そうなんですか。辰野さんって、お仕事のときは、どんなふうに進めていますか?
辰野 私のスタンスは、依頼してくれた企業や人に潜む魅力を見つけて、それを引き出して、膨らませることです。スタジオの設立当初から、ブランドや企業に寄り添った作り方ができるといいな、と思ってやってきました。
―あまり自身を押し出さないということでしょうか?
辰野 もちろん、デザインするうちに、自分の色がでることはあるんですけど、自身のクリエイションという視点では、作っていないと思います。だから「表現したいことは?」と聞かれても、よくわからないんですよね。私にとっては、相手あってこそのデザインが、一番楽しいんです。自分の中だけで消化するものは、なんかちょっとピンとこない。どこに向けてやっているのかが、わからなくて。でも大事な行為だと思うので、いつかはアートワークもやりたいとは思っています。
―なるほど、受け手があってこそなんですね。
辰野 はい。もちろん、デザインへの感度が高い人から評価をいただくのもうれしいんですが、特に「一般の人」にどう伝わるかが、気になります。一般の人というのは、例えば、道ですれ違う人とか、電車の隣に座った人とか。そういう人たちが「今、私が作っているものを、どう思うかな?」と、いつも頭のどこかで思っていて。私のターゲットはおそらく、そういう方々なんです。
―お客さんの反応を、直接見る機会もあるんですか?
辰野 ポップアップストアなどでは、私も実際に店頭に立っています。立ち寄ってくれた人の反応がよかったり、買ってくれた人がウキウキしていたり、そういうのが見えるとうれしくて。例えば、「このアクセサリーを、転勤するあの子にあげよう」とか、「このカラフェをお父さんにあげよう」とか、そうやって買ってくれているところを見られる。そういう瞬間が、私にとってはデザインの一番の醍醐味です。
「箔と水のアクセサリー」がコンセプトの「HAQUA」。最初に売り出したポップアップストアで、女の子たちがきゃーきゃー言っていたと聞いて、とてもうれしかったそうです。Photo by Fumio Ando
―デザイナーから直接説明を聞けたら、買う方もうれしいですよね。辰野さんのデザインにとって、大事なことってなんでしょう。
辰野 なんか、すごくクサイ言い方だけど…、私はものすごく愛を持って、デザインに取り組んでいるつもりです。ものがあふれている世の中だから、イタズラにものを作っちゃいけない、と思っているんです。これは、自分のポリシーの一つです。
―ポリシー?
辰野 ポリシーという言葉は、最近使うようになったんですけれど。憧れる先輩デザイナーたちって、ポリシーがあるなと思って。彼らが「やらないと決めていること」を持っているのに気づいたときに、この言葉が浮かんだんです。そういう意味で、私が心に決めているのは、愛を感じないものを作らないこと。そして、いやだなと思う人とは、仕事をしないこと。
「自分の心が嘘ついてるな、と思ったら、リスク取ってでも変えていきます」と辰野さんは言います。
―具体的に、どんなものが「愛を感じないもの」なのでしょう?
辰野 例えば、造形美のために、いかにも怪我しそうなエッジを残すとか、プロダクトに鋭い、怖い印象を残すとか。そういうものが、あまり好きじゃなくて。デザイナー自身の美意識を優先しているものは、それを使う人への愛に欠けるような造形に見えて、嫌悪感がありますね。あとは、「作れと言われたから作る」ような、意味もなく開発を進めるようなものも。
―愛というのは、クリエイションに対してだけじゃなくて、それを届けた先への愛も含まれるんですね。
辰野 人が、好きなんです。あわよくば、遠い異国の地の人も、自分がデザインしたプロダクトを手にとって、喜んでくれたらうれしい。マス向けにデザインしたいとか、より多くの支持を得たいとか、っていうわけではないんです。でも誰かが、これがいい!って思ってくれて、大事に所有してくれたら、すごく幸せ。
―工芸は、そういう考え方に相性がいいのかもしれませんね
辰野 そうですね。だから、工芸に惹かれるのかもしれません。人が手で作って、しかも、家族や地域が引き継いできた、長い歴史があって。やっぱり、誰かの愛情がこもっているものが、日常に満たされている方が、世の中はよくなるんじゃないかな。
→第2回目に続きます
取材・構成:角尾 舞