小玉 文の作り方:
子供のように考えて、大人の全力で実現する
「紙工視点」第2回目のインタビューでは、参加作家のデザインへの向き合い方を掘り下げます。前回のインタビューで、ロックンロールな一面を見せてくれた、グラフィックデザイナーの小玉 文さん。印刷技術や、紙の加工技術などに強い興味を持ち、個人でも作品制作をしてきました。紙とデザインに向ける小玉さんの視点を、追いかけました。
小玉さんの事務所、BULLET Inc. にて。マグカップにはデヴィッド・ボウイのロゴ。
―前回のインタビューでは、「依頼してくれた企業の誇りをかたちにすること」を大事にしてデザインしているとおっしゃっていましたが、これまでに制作したもので、紙や加工にこだわったものはありますか?
小玉 文(以下、小玉) 普段から、紙に凝ったお仕事をご依頼いただくことも多いんですけど、全く仕事を度外視した「物体」も作っていまして。例えば、これとか。
―…バナナですか?
小玉 バナナです。これはですね、皮がむけるんです。
―え、すごい…!
小玉 これ、2016年の年賀状なんです。申年なので、バナナにしました。三枚の紙が重なっているんですが、一番上だけが弱粘着のシールになっているので、簡単にはがせるんです。黄色い皮の紙は「ファンタス/ひまわり」という紙で、最も鮮やかな黄色なので、選びました。
「6」の形をした、2016年の年賀状。バナナの実の部分には、「GAファイル/ホワイト」という紙を使用。この紙は経年により多少、黄色く変化するそうです。 アンディ・ウォーホール作品のオマージュとしてデザインしました。株式会社東北紙業社さんが型抜き加工を、有限会社コスモテックさんが箔押し加工を担当。
―バナナの中に、メッセージが
小玉 そうなんです。”Art is long, Life is short.” と書いてあります。東北紙業社さんという、抜き加工の会社があるんですけれど、そこに相談したら「ここをハーフカットにしたら、むけるようになりますよ」と、あちらから提案してくれたんです。
※「ハーフカット」:刃を紙の途中で止めること。
―箔押しは別の会社さんが?
小玉 はい、コスモテックさんという会社にお願いしています。バナナの模様も、内側のスイートスポットも、箔押しです。
―加工会社のコラボレーションを、小玉さんが生んでいるんですね。
小玉 毎年、みなさん面白がってやってくださるのが、すごくありがたいです。手作業が多く、ほとんど工芸品みたいな作り方しているものもあります。
―こんなに凝った年賀状を、毎年作っているんですか?
小玉 前の会社にいたころから作り始めて、11年目になりました。暑中見舞いも作っています。年に2回、超がんばって作ることで「ずっと面白いものを作りたい」という気持ちでい続けられています。リレーの火を途切れさせない、みたいな。
―11年!作り続けるのも、大変そうです。
小玉 毎年、やらなければよかった、って思いながら作っています(笑)でもやり終えると、やってよかったな、と思うんですよね。時間も、労力も、お金も結構かけています。
―もらった人、とてもうれしいですよね。
小玉 「去年のがすごく好きだった」という方がいると、それを超えないといけない気がして、ハードルが上がります。急にしょぼくして「やっぱり、小玉さんも落ち着いてきたな」とも、思われたくないです(笑)
こういうのを作ると、受け取った人から、しばらくぶりに連絡もらったり、仕事いただけることもあったりするんです。だから、営業ツールにもなっています。
2018年、戌年の年賀状は「骨」。型抜きした2つのパーツを、手作業で組みあわせて、立体感を出しています。裏面は、見る角度により色が変わる「SPECIALITIES ホログラム NO.761-1(五條製紙)」を使用。仕事でなかなか使う機会がないので、使ってみたそうです。こちらも、株式会社東北紙業社さんが抜き加工を、有限会社コスモテックさんが箔押し加工を担当。
―はじめたきっかけはありますか?
小玉 仕事って、どうしても制約があるじゃないですか。予算だとか、納期だとか。でも、それを度外視した、仕事とは違う視点を残しておきたかったんです。「今、自分は、何を本当に面白いと思っているのか。どういうものを作りたいのか」を、年に2回作ることで再認識しています。どんな紙の組み合わせがいいとか、今好きな紙の種類だとかも。
―今は、どんな紙に興味がありますか?
小玉 物体としての紙の質感とか、箔押しみたいな加工とかが、やっぱり好きですね。そういうのって、外国の人が見ても分かるじゃないですか。言葉を越えるんです。
新潟県・今代司酒造の日本酒「錦鯉」のパッケージ。瞬間的に錦鯉であることを伝えるために、箱を魚の形に切り抜くアイデアを提案。箱の内側は鮮やかな赤色になっています。外国の方にも、人気が高い商品です。
―年賀状などをデザインするうえで、こだわりはありますか?
小玉 基本的には「仕事だとここまでできない」ことを、いかに盛り込むかがポイントですね。 それから、ビニール袋に入れない。
―え、これ、このままポストに届くんですか?
小玉 届くんです。全員に発送する前に一度、ここの事務所宛に送ってみて、きちんと届くか試したり、郵便局で確認したりするんですけどね。やっぱり、いきなりポストに入っている方がいいなと思って。
―ものすごく入念に準備するんですね。
小玉 やるんだったら、絶対に失敗したくないんです。アーティストのライブに行って、あんまり準備されていなかったら、すごくがっかりするじゃないですか。その日しか来ないお客さんも、いるかもしれないのに。
年賀状でも、準備が足りなくて、最後に仕方なくビニールに入れることになったら、ダサいじゃないですか。そうならないように、地道にやっています。本当は、「さらっとやっていますよ」、みたいに見せたいんですけど。
―ロックンローラーも、絶対隠れて練習していますからね。
小玉 そうだと思うんですよ。雑誌では「こんなの、彼女の家のベッドの上で5分でできた曲だぜ」って答えていても、時間かけて、がんばって書いてると思うんですよ!そういうのを言わないかっこよさもあるから、私も普段はあんまり言わないようにしているんです。でも、割とがんばっています。
―面白いアイデアの実現は、準備あってこそですね。
小玉 とにかく面白いものを作るときって、中途半端にしたら良くないんです。必要な部分に手間やコストをかけないと、求める結果は得られません。
第1回目のインタビューの話につながりますが、中学生時代に憧れたロックンローラーたちって、大人になったからこそ、できることが広がっているんです。得てきた知識や人間関係を総動員して、ずっと自分がかっこいいと思っていることを、やり続けているんです。
―大人になったからこそ。
小玉 大人になって得た経験値が組み合わさると、面白い遊びができるんです。だって「バナナの皮がむけて面白い」なんてアイデア、小学生が思いつきそうじゃないですか。その単純で、子供でもわかるアイデアに、全力を注ぐんです。発想は小学生でも、実現するプロセスが大人なんです。ここでしょぼくすると、ファンが離れるな、と思いながら(笑)
「ファンとの関係ですね…」とつぶやく小玉さん。事務所では、マーシャルのアンプから、ラジオが流れていました。
―小玉さんは、基本的に舞台視点ですよね。
小玉 舞台視点!そうですね。ステージに、だーん!と登場した第一印象が大事なので、一瞬で見て、面白い、と思えるようにしたいんです。だから、今回の紙工視点の製品も、幼稚園児でも面白いと思えるような、見た瞬間に伝わるわかりやすいラインナップにしました。
→第3回目に続きます
取材・構成:角尾 舞