荒牧 悠の紙工視点:
作ろうとせずに、作られていったもの
「紙工視点」第3回目のインタビューでは、参加作家がどのように今回のプロジェクトに取り組み、どんなプロセスで製品が生まれたかを聞きました。初めて紙と出会ったかのように、自分の手で素材と触れ合い続けてきた、荒牧 悠さん。前回のインタビューで、あるパーツと運命的な出会いを果たしましたが、彼女にとっての「紙工視点」とは?
たくさんの習作を生み出した荒牧さん。
―紙工視点の話を受けたとき、なにから始めましたか?
荒牧 悠(以下、荒牧) 「紙でできているものたち」をリストにしてみました。紙コップとか、紙の扇子とか、いろいろ。そしたら「もうあるじゃん」と思って(笑)私も、役に立つものを作りたい、人に必要とされるものが、自分にも作れるかもしれない、という、かすかな希望や憧れがあったんですよ。それで、身の回りにある紙の製品を、よりよくする方向を最初は考えたんです。でも、別に私が考えなくてもいい気がしてしまって。
―役に立つものを作ろうとしたんですね。
荒牧 うん、でもやっぱり紙の振る舞いや、特性を観察できて、そういうものが伝わるものを作りたかったし、私自身も「もの」としての紙っぽさを、見つけていきたかったんですよね。
―まず、何から作りはじめましたか?
荒牧 「クロマティコ」っていう透明のトレーシングペーパーがあるんですけど、それが面白いなと思っていて。紙なんだけど、紙っぽくない。それを使って、やじろべえを作ってみました。指乗りの鳥って、わかりますか?鳥ではなく抽象的な形でできるかなと思い、円形に切った紙で指に乗せられるものを作って、最初の打合せに持っていってみたんです。
指の上でバランスを取るおもちゃです。
―しばらくやじろべえを作っていたんですか?
荒牧 そうですね。もっと、やじろべえらしいのも作りました。テープで2つのおもりをつなぐような形です。やじろべえ、めっちゃ考えられているんですよね。でも「やじろべえを考える」っていう時点で、ただ意匠をいじっているだけな気がしてしまって。やじろべえって考えずに、やじろべえに行き着きたいなと思っていました。
―やじろべえを考えずに、やじろべえに行き着く。
荒牧 「私の考えるやじろべえ」を製品として提供するのは、なにか違うなと思って。「私だからできるもの」よりも「紙だからできるもの」を作りたかったんです。
―その後はどんなものを作りましたか?
荒牧 やじろべえの上に乗せる部分を作っているうちに「こういうテープを曲げてこうくっつけたら、こんな角度になるんだな」というのが見えてきて。当たり前のことなんですけどね。当たり前のことをわかるための作業でした。
―その後は、しばらくこのテープ部分だけを使うんですか?
荒牧 そうですね。このシリーズには一つルールがあります。「紙と紙とは90度で交差させる」というものです。そうやって作るうちに、紙の弾力や、曲がるとアーチになることに気づきました。この頃は、リボン楽しいー!いろんな形ができるー!って思いながら作っていました。でも、なんだこれーって思いました。なんだこれーとは、自分でも一応思う。
テープを90度で貼り合わせると、独特のハリ感が生まれました。
―なんだこれーって思うんですね。ルールについて、もう少し教えてもらえますか?
荒牧 自分自身の制作のルールを見つけていくんです。それに則って、どれだけバリエーションを考えられるか。ルールは、あるんですよ。でも作りながらじゃないと、見つけられない。やるしかない。
―その後はどんなものを作ったんでしょうか?
荒牧 また、クロマティコに戻りました。ここは本当に、迷走地区ですね。たくさん切って貼った、クロマティコ時代です。
―そこで、迷走状態に終わりを告げたのが、前回のインタビューでも出てきた、パーツとの出会いですね。
荒牧 そうなんです!あまりに迷走しているので「工場にいろんな紙があるから、来て作業してもいいですよ」と言ってもらって。工場内を見て回っていたら、ある製品の端材を見つけたんです。白いまるいパーツ。通称、めんこです。
―めんこ。
荒牧 型抜きされた後のパーツなんですけど、厚みとサイズ感が、すごく「もの」っぽいんですよね。さらに、表と裏とで貼り合わせると、裏表がわからなくなるなって。これも、ルールです。「製品には裏表がない」。
白いまるいものが「めんこ」と呼ばれる、重要なパーツです。
―裏表がない…?
荒牧 めんこを両面に貼り合わせたとき、裏表がなくなって、それがすごくプロダクトっぽく見えたんですよね。絵画には裏表があるけれど、構造そのものがプロダクトになっているものには、裏がないんです。例えば、知恵の輪や、スリンキーみたいなもの。
―なるほど。
荒牧 それで、ここからは、めんこのパーツを、リボンや紙に貼ったり、挟んだりし始めました。硬いところと、薄いところができて面白いんですよね。
―こういうのを作るときって、設計図を描くんですか?
荒牧 絶対描かないですね。あ、絶対って言っちゃった(笑)描くときもありますけれど、はじめはわからないから。これで何ができるかな?って思ったら、貼ればいいだけなんです。これを作ろう、という確信はなくて、できることをただ試した感じです。でも、何が起きているんだろう?と理解するためには描きます。
―作るなかで、見えてくるんですね。
荒牧 作ろうとするんじゃない、作られるんだ…。
―名言ですね…。その後、めんこはどのように使っていったのでしょう?
荒牧 ビーズみたいに動かせるんじゃないかな、と思ったんですよね。このころは、まだペロンペロンですね。ポヨンはしない。やじろべえとして使う場合に、おもりの位置を変えられるなと…。
―また、やじろべえ!?
荒牧 あ、まだいた!(笑)重さとか形とかを、変えられるようにならないかな、と思ったんですよね。重心を動かせるようになるんじゃないかなって。
―完全にやじろべえ的なものになろうとしていましたね。
荒牧 流れを回収しましたね。やじろべえを作ろうとせずに、やじろべえになっていきました。
―やじろべえを作り、リボンを90度で交差させて、めんこのパーツに出会った経緯があって、ようやく製品になったんですね。
「ポヨンペロン」はパーツを組み合わせ、さまざまな形やふるまいを、自分で自由に作れる製品です。内部に3種類の隙間がある円形のパーツと、弾性のあるテープ状のパーツが入っています。Photo © Gottingham
―色はあえて白にしたんですか?
荒牧 そうです。色を決めるのにも、必然性が必要なので。展開的には考えられるんですけど、まずは、紙そのものの面白さだけを見せたいなと思いました。丸いパーツの中は十字と、Y字と、Ⅱの形になっているんですが、それを識別するため、溝に色はついています。これは、必然的なので。
―必然性がいるんですね。
荒牧 うん。さまようんですよ、必然性を求めて。
―そういう意味では、かなり感覚的な部分が削ぎ落とされた製品になりましたね。
荒牧 そうですね。でも、ある人の感性から生まれたものでなくても、感情的なものが生まれることはあると思うんです。例えば「この動きがかわいいー!」というのは、紙の特性から生まれるかわいさですよね。それが、やりたかったことかもしれません。
―使ってみて、かわいいって思いました?
荒牧 うん…かわいくないですか?がんばってる感じが…。
手際よくポヨンペロンを組み立てる荒牧さん。
―買った人が自由に形を作れるようにした理由はあるんでしょうか?
荒牧 私の感性で作ったものを提供するよりも、私が見つけてきた、紙にまつわるルールや、紙の特性に対する発見を、追体験できるようにしたかったんです。自分で作るのが、めんどくさい人もいるかもしれないけれど、その方が、この紙製品と対話できると思って。
―紙の特性を、体験できる製品にしたかったんですね。
荒牧 はい。体験もできるし、鑑賞もできる、というようなものにしたかったです。長さを変えるだけで、ポヨン度が変わるんだーとか、やりながらわかると楽しいよ、って。
―荒牧さんも、次々と新しい形を見つけているんでしょうか?
荒牧 あのね、いろんなバージョンができますよ。ぜひ、みなさんも、こんなのできたよ!と周りの人と見せ合ってみてほしいですね。
「楽しんでもらいたいですか?」と聞いたところ、「うぇあー!?ってなってもらいたいですね。ほぇんとー!?って思ってもらいたいですね。」と荒牧さん。(文字起こしママ)
「ポヨンペロン」を含む、紙工視点プロジェクトでの、「視点」とプロセスが見られる展示は、国立新美術館地下一階、SFT GALLERYにて、2018年10月17日よりスタートです。みなさまのお越しをお待ちしております。
取材・構成:角尾 舞
【展示詳細】
[会期]2018年10月17日(水)―12月24日(月・祝)
営業時間:10:00―18:00(金曜、土曜祝日のみ20:00まで営業)※美術館営業時間に準ずる定休日:毎週火曜日(祝日または休日にあたる場合は営業し、翌日休み)
[場所]国立新美術館B1 スーベニアフロムトーキョー内 SFT GALLERY
〒108-8558 東京都港区六本木7-22-2 国立新美術館B1
TEL 03-6812-9933 FAX 03-5775-4670
https://www.souvenirfromtokyo.jp/gallery
[ギャラリートークイベント]
2018年10月26日(金)18:00―19:30
登壇:荒牧 悠、小玉 文、辰野しずか
進行:岡崎智弘 司会:角尾 舞
※事前申し込みは不要です。当日どなたでもご参加いただけます※入場無料※混雑の際はご案内を変更させていただく場合がございますので、ご了承のほどお願いいたします。